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二章、君主制を愛する人々さて、一般の人々(利益享受の期待を持たない人々)が君主制に好感を持っていることを証すべき段階である。ところで、現代史の現象的側面に注目する限り、この証明は殆ど不可能であるように思われる。二十世紀は、君主制が次々と廃されていった時代だからだ。「世界の皇室 二十世紀・君主制の軌跡」(注8)は、「天皇(昭和天皇ー論者註)が誕生された明治三十四年」以来「世界地図から姿を消していった王室は八十年間に二十を超える。」と述べ、『フーズ・フー国際篇 一九七九~八〇年版』を引用して、百六十を超す世界の国々の内、君主制を採る国は二十六カ国であると言う。こうした統計が、君主と国家についてどの様な定義を用いているかは定かではないが、定義の如何に拘らず、二十世紀を通じて君主制が後退し続けたことだけは確かであろう。 しかし、次の点に留意しなければならない。或る国家に於て長く続いてきた君主制が廃止される場合、廃止は必ずと言っていい程社会的な大混乱の中で、或はその混乱の余韻が残っている時に、起きているという事実である。しかも、こうした混乱が、君主制の廃止を主要な目的とする民衆運動の結果生じた例は、皆無と言っていいのだ。君主制の打倒を目指す民衆運動は決して珍しいものではないが、こうした運動は、しばしば別の原因を持つ社会的混乱の派生現象として生じているのである。例えば、ロシアでは一九〇五年の第一革命以前から企業閉鎖と労働者の馘首、農民の窮迫が慢性的なものとなっていた。それがロマノフ王朝崩壊の遠因を為すのであるが、留意すべきことは君主制打倒の運動がこの経済的な困難を引き起こしたのではないという点である。君主制に関して言えば、一九〇五年七月の全ロシア農民同盟の創立大会では、「人民による選挙は必要であるが、人民は共和国を望まない」と帝政への支持の意見も提出されていたのである。ちなみに、この大会では、土地の私有は全面的に否定されている。これほど急進的な経済政策を主張する者達の内に於てすら、こと君主制に関しては支持者が存在したことは注目されてよい(注9)。しかも、時期は「血の日曜日」事件の半年後なのである。ドイツでは一九一八年十一月、ホーエンツォレルン家の王朝が歴史を閉じるが、この時期に生じたドイツの混乱も、君主制打倒を目的とする政治的運動によって引き起こされたものではなく、戦争意図の挫折とそれに伴う厭戦的気分の内に生じたものである。第二次大戦後のイタリアに於けるサヴォイア王家の追放も、事情の本質は変わらない。一九四六年六月の君主制存続の可否を問う選挙で僅差で君主制の廃止が決定されるのだが、この決定の為された時期に先立つ数年間が、戦争とそれに伴う諸政治勢力ーーファシスト・国王・CLN(国民解放委員会)、後にはバドリヨ政権下に再建・形成された諸政党ーーの鬩ぎ合いの季節であったことは記憶されるべきであろう。つまり、この場合も、君主制という制度それ自体に由来するのではない社会の激動の余波が、君主制を呑み込んでしまうのである。パーレビ国王がイランを退去し、代わってホメイニ師が帰国したのは一九七九年である。その直前のイランで生じていたのは、猛烈なインフレと汚職の横行であった(注10)。経済政策の失敗が王制を滅ぼしたのであり、君主制打倒の運動の結果として経済的混乱が生じたのではない。殆どの場合に於て、君主制の打倒が結果であり、社会的混乱が原因なのだ。原因と結果を取り違えるべきではないであろう。 ここまで、君主制妥当の原因が、政治的理念に寄るのではなく、社会的現実に由来すること 今日、君主制を温存する国家にして、その国家が社会的安定を得ている場合、国民の情緒は一般に君主制の維持に傾いているようである。タイや英国に於て、王室は所謂人気を保っている。この漠然とした雰囲気を目に見える形で示すことは難しいが、天皇制に対する世論調査結果は、その一つの例証となるであろう(注11)。こうした傾向は、他の多くの君主国に於て同様であると思われる。 更に、これこそが最も重要な点だと思われるのだが、物語の内部では君主制は圧倒的な支持を受けているという事実である。君主制が世界政治の主流であった時代に於て、そこで生み出された物語が王国を舞台にしたのは当然であったかも知れない。しかし、現代に創造される物語に於てすら、王達は善き英雄を演じ続けているのだ。小説、映画、漫画、アニメ、コンピュータ・ゲームの世界に王国は興亡を繰り返す。ヘリウム(注12)、大銀河帝国(注13)、シルバーランド(注14)、イスカンダル(注15)、ローレシア(注16)等々、我々は虚構の、しかしよく知られた王国(注17)を幾つも数え上げることが出来る。『ジャングル大帝』(注18)が発表された時、その「大帝」という名称に作者手塚治虫の歴史意識の遅れを指摘した評論家もいた(注19)が、この三代に亙る世襲の動物王国の叙事詩は、現代その価値をますます高く評価されている。そして、元々君主制の伝統を持たなかったアメリカで、王達の物語が小説として創られるだけではなく、夥しく映画化されて来たことにも注意しよう。小説、特に或る時代のSF小説などは、比較的限られた読者しか持たなかったかも知れないが、映画は、その高額の制作費を考えても、より広範な大衆的支持がなければ成立し得ない芸術なのであり、その傾向は、大作の史劇や海外ロケーションを不可欠とする作品、亦、SFXを駆使する作品に於て、顕著であるからだ。具体的には、『ソロモンとシバの女王』(注20)、『クレオパトラ』(注21)、『ローマ帝国の滅亡』(注22)のような皇帝や女王を中心とした幾つもの史劇大作がある。亦、『ローマの休日』(注23)や『王子と踊子』(注24)といった現代を舞台にした作品に於ても、王、或はその眷族は魅力的な題材として登場して来る。そして、あの『スター・ウォーズ』(注25)でさえ、物語は宇宙空間を舞台とし近未来的な科学技術を素材としながら、しかも「銀河帝国」の独裁に抵抗する「共和国」軍の戦いを描きながら、共和国軍のヒロインには、姫=王女の称号が与えられているのである。こうした事情からは、君主を持たぬ国民の、君主制への憧れさえ感じられるかの如くである。 どうやら人々は共和国よりは帝国の方が好きなのだ。大統領や国家主席の物語よりは、王や女王の物語の方が好きなのだ。「帝国」が「主義」と化して生じた歴史的現象に想いを致す時、或は平等という観念を人類が初めて手にした時の新鮮な感動を想起する時、つまり、社会的歴史的な意識の或る傾きを持った強い働きの中でこそ君主も王国も否定されるかも知れないが、所謂歴史的現実と近代的人権意識への拘泥を持たない伸びやかな情緒のレヴェルでは、人々の好尚は、反動的とも言うべき世界の姿を志向するようなのである。なぜか。 ここまで、共時的に了解される君主制への好感 次・君主制評価の歴史 |
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