天皇制の心理学的基礎 
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  本論の目的は、現代に於て人が君主制を好感を持って受け容れている理由の解明であり、この考察を通して天皇制の存在の重要性とその積極的な意味を論理的に示すことである。

 なお、ここで扱うのは、国民という集合体と君主との政治的社会的関係ではなく、飽くまで一個人としての国民が、どのようにその君主を了解するか、また、その了解にどのような意味があるかという問題である。


 【書誌】 本稿の原型となるものは、平成元年十二月『常葉学園短期大学紀要 第20号』に発表した「“王”への想像力-君主制の文学論-」である。この論考は、平成二年五月、桜楓社から刊行した『文学と想像力』に、ほぼそのまま再録した。従って、今回のネット上への掲載が三度目ということになるが、今回は、後述するように、若干の補填を行っている。

 【執筆動機】 本稿の原型である論考の執筆を思い立ったのは、昭和天皇の崩御前後に、かなり有力なメディアによって、直接的ではないにしても、天皇制への批判的な論説が頻りに行われたことによる。
 私自身は、天皇制の存在を大切なものと思っていたし、こうした論説に触れて、不快と嫌悪を感じないではいられなかった。
 そこで、天皇制が大切である理由を、論理的に証明してみようと考えたのである。

  
 【論述の方針について】 しかし、天皇制の存在の必要を、普遍的論理的に語ることは、ほとんど不可能であるように思われた。なぜなら、天皇制もまた、君主制の一形態と考えてよいが、近代に於いて君主制の廃止例は多く、しかも君主制を廃した国家が、そのような制度の改変それ自体によって、危機的状態に追い込まれた例は少ないからである。
 だから、これまでの天皇制擁護論は、歴史的固有性やある天皇の人格・事績の固有性に、存在の必要の論拠を求めるか、あるいは真っ正面から必要を論じることを、避けてきたように思われる。
 都合のよいことに、我が国の天皇制は、とにかく世界で最も古くから続いている君主制であり、昭和天皇は国家元首として最も優れた資質を持たれた方(注1)であった。だから、存在の必要性の論拠を曖昧なままにしても、天皇制への支持は(何となく)維持されてきたのである。
 これは、ある意味で日本の幸運に他ならないが、しかし、幸運は普遍的なものではない。望ましいのは、強固な普遍性である。
 だが、先に簡単に記したように、君主制の廃止は、特に制度的な問題を発生させることなく行われてきたのである。
 にも関わらず、多くの人々は天皇のいる日本を愛しているように思われる。もちろん、私自身もその一人である。

 政治・社会的合理性が、国家に於ける君主の必要を要請しないにも関わらず、君主を希求する感情はなぜ起こってくるのか。論は結局、人間の内面を問う作業となった。本稿のタイトルを「……心理学的基礎」とした所以である。
 この内面の解明に向かう作業は、人間の精神の運動を了解する作業に他ならない。ある個人にとっての天皇との関係は、その個人が彼に超越的な人格的存在を了解するに至る一般的な手順として記述され得るのである。以下の論考では、この超越的な人格的存在に、天皇ではなく君主という呼称を当てているが、左記の一般性に留意した故である。

    
【論述の手順】 上記の、君主を希求する感情の生起する所以とその意味を解明する為に、本稿は以下のように構成されている。

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序 このページ。

一章、君主及び一般の人々の定義について 
 論を展開する上で前提となる項目の定義である

二章、君主制を愛する人々

三章、概観・君主制擁護論と否定論

四章、君主を内包する自我ー君主制の社会的評価を越えて
 君主の了解に於ける精神の運動について
(例えば、無償の忠義が生まれる時、彼の心の中ではどのような機制が働いているか)

五章、君主の内包の意味するもの
 君主の了解に於ける精神の運動の評価

注 釈